あらま出版の社名の由来①

チーフこと山下正との出会い

 「あらまってどういう意味?」
 よく聞かれる質問だ。
 最初の頃は、こと細かに答えていたが、私の説明で理解できる人は少ない。というより、大抵、最後には飽きて「あ、もういいや」という表情になる。なので、最近は「驚いた時の『あらま~』です」と言うようにしている。

 あの人との出会いは14年前くらい前だろうか。
 松阪の駅裏に「Old Coast(オールドコースト)」というバーがあった。薄暗くて、レコードがかかっていて、壁にはお酒が並ぶ、ウイスキーの似合う店。松阪にしては珍しい王道のバー。そこの名物マスターが山下正さんだった。
 ややこしいが、マスターだけれども「チーフ」と呼ばれ、本人もそう呼ばれることを喜んでいた。
 当時、私は小さな新聞社の記者をしていた。
 バーのカウンターで、社内の愚痴、上司の愚痴を、それこそグチグチグチグチ言いながら飲むのが常だった。その度にチーフは嫌な顔一つせず、ふむふむと聞いてくれた。
 今思えば、ただのダメダメサラリーマンの私に対して、決して説教をするわけでもなく、腐らないよう自然と前向きになるよう導いてくれていたように思う。
 ある時、いつもの様にカウンターでくだを巻いていると、チーフが言った。
「俺は羨ましいけどなあ。俺なんて、どれだけ文字を書く仕事をしたかったことか。トミナガちゃんはいいなあっていつも思っていたよ」
え? そうだったんだ?
 「チーフ! じゃあ新聞で連載やりましょうよ! チーフの書いた文章読んでみたいです!皆も読みたいはず!」
 表に出ることを極端に嫌うチーフのことだ。即、断られるかと思ったが、意外や意外、首を横に振らなかった。縦に振ることもなかったが。
 「これはいける!」
 その日から、チーフに「やりましょうよー!やりましょうよー!」と言い続け、やっと連載を書いてくれることに。

 

「今週のあらまちゃん」連載がスタート

 そうして2013年4月「今週のあらまちゃん」というタイトルで連載がスタート。チーフがお客さまとの会話の中で、度々「あらま」と口にするのは、常連客なら誰でも知っている。
 そのことから、このタイトルになった。チーフが決めたタイトルだ。
 松阪の人気者であるチーフの連載とあって、この連載は話題を呼んだ。今週は何が書いてあるのだろう、と皆が楽しみに待っていてくれていた。

 担当となった私は、前日にチーフの原稿を取りに行くのだが、大抵は書けていない。
 怠け者だったわけでなく、蕎麦屋もやっていたので、忙しかったのだ。
 おまけに人付合いも怠らない方だった。
 チーフの自宅、時には蕎麦屋で、原稿用紙の前で腕組みするチーフの前に座り、邪魔をしないように、待つ。
 書いたと思ったら、再び腕組みしたまま黙って目をつぶる。
 あれ? 寝た?
 心配していると、パッと目を開けてスラスラと万年筆を走らせる。
 チーフは原稿用紙に万年筆で書いていくスタイル。パソコンで入力することに慣れてしまっている私は、書いては線を引っ張り書き進める作業に驚いた。
 これで文章が書けるのか? ああそうか、構成、文章の組み立ては、頭の中に入っているのか。
 ただ、私はあんな風に文章は書けない。削除したい文章、文字はキーで削除してしまわないと、文章もぐちゃぐちゃになってしまう。
 チーフが原稿用紙に書いたものを、その場で持参したパソコン入力し、枠内におさまるように文字数を調整する。

 最初にこの原稿を読むのは担当の私。
 贅沢な時間だった。
 私はチーフの文章が好きだった。文章は人柄が出るものだと思っている。
決して上からでなく、人に尽くし、人から愛されるチーフの人柄が出ていた。そして、なにより巧かった。文筆家に憧れるだけあると妙に納得したものだ。
 「どうじゃ?」と心配そうな顔をして、私が読み終わるのを待つチーフ。
 この姿は、最後まで変わらなかった。
 「チーフは文章上手なんだから、もっと自信をもっていいですよ!」
 いくら言っても、不安そうに私の反応をみる。
 チーフは、文章を前にして常に謙虚で、そして誠実だった。

 そんな日々は、突然終わった。
 会社から担当を降ろされてしまったのだ。
 私が粗相をしたわけではない。ましてやチーフが何かしたわけではない。
 ただ、会社がそう決めて、私は担当から外された。
 
 続く

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です