あらま出版の名前の由来②
休載をきっかけに退職
チーフの担当から外されることを告げられ、もちろん私は抵抗した。
しかし、どんなに小さな会社でも、組織は組織。最終的に従うほかに道はない。それからは、担当者としてだはなく、一読者として連載を楽しみにしていた。
ほどなくして、チーフの連載は休載になった。
詳しく書くことはしないが、些細なトラブルがあったようだ。
それから間もなくして、私は会社を退職した。
このことだけが原因ではないが、自分の思うような編集、本づくりをしたいと思うようになっていた。
新しい生活に慣れた頃、チーフに連絡を入れた。
休載になってからは、少し時間がたちすぎていたが、「チーフ。続きを読みたい読者はたくさんいるし、続きを書きませんか? 何だったら、本にして皆に読んでもらいたい。方法は必ずあります。やりません?」
すると、「ありがとう。やりたいな」との返信。
「本を出すなら出版社を作らないとですね。名前はあらまちゃんに因んで『あらま出版』にしましょうか。チーフは顔が広いから営業して、私が本を作って。バンバン儲けて、チーフたくさん美味しいもの食べれますね~」
「トミナガちゃんは面白いことを考えるなあ。でもそれが実現したらいいなあ」
チーフの本を作りたい
この時、既にチーフの体を病魔が冒していることは知っていた。
だが、書けると思った。思いたかった。
文学青年で文筆家になることを夢見て国内を放浪し、夢を諦めてバーのマスターになったチーフ。還暦を過ぎて、やっと文筆家の夢が叶ったのだ。皆に喜んでもらえる文章を書く楽しさを知ったのだ。
それをあんな中途半端な形で、絶対に終わらせたくなかった。
どうしても、チーフの本を世に出したかった。
まず、既存の原稿に加筆訂正を加えてもらうことから始めた。
何度か打ち合わせで、珈琲を飲んだり、たまにはお酒を飲んだりしたが、抗がん剤の副作用は、素人の私でも分かるようになっていた。
チーフの続きを書きたいという気持ちは十分に伝わってきていた。
当初、私に語っていた「あれを書きたい」「これを書きたい」という内容は、まだ文字になっていない。書いてほしい。
だけれども、気持ちと体力、気力が比例しない。書きたくても書けないのだろう。
焦らせることはせず、でも時には焦らせ…。
編集者は伴走者なのだと思う。
主役、メインは作家、著者であり、隣で同じペースで寄り添いながら走るのが編集者。
いつものようにコメダ珈琲で打ち合わせをしたその日の夜、チーフにラインした。
「頑張って、原稿書きあげましょうね! 本にするぞ!」
すると「あいよ~」と返事がきた。
その3日後、チーフが亡くなったという報せが入った。
後 悔
チーフに会えない寂しさはもちろんある。ただ、チーフの本が途中になってしまったことに呆然とした。
何で、もっと早くに会社を辞めなかったのだろう。
何で、もっと早くに声を掛けなかったのだろう。
何で、もっと迅速に私が動かなかったのだろう。
後悔しかなかった…。
このような経緯があり、この気持ちを忘れないためにも、起業する時、迷わず「あらま出版」にしたのだった。
「あらまの意味ってなに?」
この問いに対して、本来は、これを長々と丁寧に説明したい。
でも、それは無理な話。
社名の由来は、私が忘れなければいい。

左に写るのがチーフ、右が私(2013年撮影)